那須塩原市西那須野の高校受験・大学受験塾 本松学習塾塾長のブログ
2025年入試において大学合格した塾生の合格体験記を掲載いたします。
宇都宮大学 共同教育学部 学校教育教員養成課程
日本大学 文理学部 体育学科
順天堂大学 スポーツ健康科学部 合格
N・Hさん 大田原高卒
私は本松先生がいなければ、受験を頑張り抜けれませんでした。
断言できます。
高校1年生の頃では、部活を優先してしまい、ほとんど勉強はしていませんでした。
今考えれば、平日に2回塾に行って1時間以上塾で勉強するという環境に助けられたと思います。
数学は好きだったので、本松先生に数学のことばかりは1年の頃から質問をしていました。
高校1年生から3年生まで、1番分かりやすかった先生は本松先生です。
本松先生のすごいところは私が分からないとこを瞬時に理解してくださったことです。
何度も本質的なアドバイスをもらいました。
私が勉強に本腰を入れ始めたのは、高校2年生のときです。
部活にも慣れ、志望校も決まりました。
その志望校というのは他の大学とは受験形態が異なり、共通テストが必要なく、3教科のみの受験の推薦入試で受験日も10月でした。
推薦入試の結果は10月下旬で、不合格でした。
本来なら、3教科しか勉強していなかったので私立にするべきだったのですが国公立大学に行きたいという気持ちが芽生え、本松先生に伝えたところ、いけそうな大学を沢山調べてもらいました。
共通テストまであとわずか2か月という時期での進路変更。本松先生もとまどったのではないかと思いますが、最大限目指せる方法を考えてくださいました。
推薦入試不合格で気持ちが落ちていたのですが、本松先生の親身なアドバイスに前を向く気力が湧きました。
各教科の勉強法や参考書はすべて本松先生に相談しました。何度も相談に乗って下さったおかげで、共通テスト本番ではどの教科も点数が上がり、無事に宇都宮大学に合格することができました。本松先生には感謝しかないです。
この塾に入塾して、心から良かったと思っています。約6年間本当にお世話になりました。本当にありがとうございました!
白鴎大学 教育学部 発達科学科(学力特待)合格
F・Mさん 作新学院高卒
私は高校3年の春から、本松学習塾に通い始めました。
それは、「このままじゃ終われない」という気持ちと共に始まった、私の再スタートでした。
それまで私は宇都宮にある別の個別指導塾に通っていました。
先生に質問し、宿題もきちんとこなしていたはずなのに、なぜか成績は伸びませんでした。
模試の成績もボロボロで目も当てられませんでした。
「頑張っているのに、どうして…?」
そんなやるせなさが募り、自信はどんどん失われていきました。
高校3年生になってこのままではダメだと焦りがピークに達し、本松先生に、長文のメッセージを送りました。
あのときの文章は今読み返すと少し恥ずかしいけれど、それだけ必死だったのだと思います。
本松学習塾の存在は前から知っていました。でも、周りに通っている人がいなかったこともあり、なかなか一歩が踏み出せなかった。
それでも「今、変わらなければ」と自分を奮い立たせ、本松先生を信じて、新たな挑戦を始めました。
初めて先生と話したとき、「基礎からやり直す必要がある」と言われました。
その言葉は私の弱さを突くようで、正直胸が痛みました。
でも同時に、「今ならまだ間に合うかもしれない」という温かな励ましもしてくださいました。
だから私はもう一度、一からやり直す決意をしました。
英単語を一つずつ覚え、先生と毎週単語テストを繰り返す日々。あの地道な積み重ねが、すべての始まりでした。
高校3年の5月、家庭の事情で進学先を県外の私立大学から県内の国立大学に変えざるを得なくなりました。
本松先生に相談すると、「だったらこの国公立大学を目指そう」と提案してくださいました。
正直、毎日が不安との戦いでした。
「本当に私なんかにできるの?」
でも、そんな時でも塾に行けば、いつも先生が変わらぬ声で私を迎えてくれました。
「今から本気でやれば、国立大学もぎりぎり間に合うかもしれない」
その言葉が、どれほど心強かったか、言葉では言い表せません。
先生の言葉は魔法のようで、くじけそうになったとき何度も思い出しました。
秋から冬にかけて、少しずつ点数が上がり始めました。
そして共通テスト直前には、ついに第一志望の合格ラインを超えることができたんです!
あの瞬間、「本当に、ここまで来られたんだ」という気持ちでいっぱいでした。
結果として、本番では第一志望の国公立大学には届きませんでした。
でも、あの時の自分の努力と到達は、まぎれもない“合格レベルの自分”だったと、今も胸を張って言えます。得られたものもたくさんあったので挑戦したことを後悔はしていません。
その挑戦のおかげで、私は白鴎大学の学業特待として合格できました。
入塾前の成績を考えれば学業特待なんて夢のまた夢。でも合格できたんです。
周囲の誰よりも不器用で、ぎりぎりで、何度も心が折れそうになった私が、最後まで勉強をやめなかった理由。
それは、本松先生の存在が、いつもそばにあったからです。
先生がいてくれたから、私は「もうダメかもしれない」と思っても、毎回立ち上がることができました。
先生、本当にありがとうございました。
あの日、勇気を出して送ったメッセージが、私の人生を変える第一歩になりました。
あのメッセージに、本気で向き合ってくださったこと。
夢を持てなかった私に、教員を目指すという新たな夢を与えてくださったこと。
心から感謝しています。
最後まで諦めなくて、本当に良かった。
これから私も、誰かの背中をそっと押せる先生になれるよう、一歩ずつ歩んでいきたいです。
白鴎大学 経営学部 経営学科(学力特待)
大東文化大学 文学部 歴史文化学科 合格
I・K君 大田原高卒
私は中学から本松学習塾に通っていました。
大学受験を考えるようになったのは高校2年の秋です。
それまで全然勉強をしていなかったためまず自習室に週3で通うようにしました。
そこから行く回数を増やしほぼ毎日行くようにしました。
高2の冬から本格的な勉強が始まり、どの参考書を使えばいいか、どこまでやればいいかを戦略会議で一緒に考えていただきました。
最初の方は点数が全然上がらず、焦っていましたが少しずつ点数が上がっていき頑張れば頑張った分だけ上がっていくことが実感できました。
勉強をやりたくない時でも自習室で友達と毎日23時まで勉強できた環境もモチベーションの維持につながりました。
二次試験に小論文があり私は苦手としていましたが、的確な指導でうまく書けるようになりました。
塾に通い、たくさんのことを学ぶことができました。また、自分の意志で行動することができたことで人間として成長することができたと思います。
1人で学習していたらここまで学習継続できなかったと思います。
ここからの人生を良い方向へと向くように、大学ではたくさんのことを学び、資格をとり就職活動で有利になれるようにまた勉強していきたいと思います。
中学生の頃からずっと学習指導してくださりありがとうございました。
茨城大学 工学部 都市システム工学科
工学院大学 建築学部 建築学科
千葉工業大学 創造工学部 建築学科 合格
Y・Tさん 大田原高卒
私は中学校2年生の冬から高校入試まで・高校2年生の夏から大学入試まで本松学習塾に通っていました。
結果から申し上げますと第1志望の大学に合格することは出来ませんでした。
僭越ながら私の体験と塾への感謝、そしてこれから高校・大学入試へ向かっていく皆さんへのエールを綴りたいと思います。
私は中学校在学時、勉強に対して本気で向き合ってきませんでした。勉強しなくても学校の授業をきちんと受けていればテストで点数が取れました。
いわば努力をしていませんでした。
そんな私は高校に進学し、自力で勉強すると意気込んだものの勉強習慣はなかなかつかず、所属していた部活動の忙しさと居心地の良さにかこつけて勉強から逃げ、気づけば中途半端な成績で高校2年生の夏を迎えました。
この状況はまずいと危機感が芽生え、再び塾へ通う決断をしました。
塾の存在はとても大きく、平日時間が無い中で無理矢理にでも学習時間を作ることができ、長期休みでは夏期講習や冬期講習などを利用して確実な勉強時間を確保できました。
それでも、今まで努力してこなかった私にとって、部活動との両立は成績をキープすることが精一杯でした。部活を引退し、9月から本格的に受験勉強を始めた頃には0からのスタートでした。
最初は思うように伸びず、ひたすら基礎の積み上げをしていました。周りはみんな進んでいくのに1人で足踏みをしているような感覚でした。
そんな中で支えになったのが仲間の存在です。塾仲間で散歩に行って息抜きしたり、同じ空間で「仲間が頑張っているから自分も頑張ろう」と思えたりしたことが何より励みになりました。
さらに自習室では自分専用の席を用意していただき、勉強場所に困ることはありませんでした。塾での面談や戦略会議があったことも大きな道標となりました。
これらのおかげで私は共通テスト直前の1ヶ月で点数を100点ほど伸ばすことができました。
目標点数には届かず、2次試験でも思うように力を振るうことができませんでしたが、この成長があったのは紛れもなく学校や仲間、そして塾のおかげです。
本松先生、アシスタントの皆さん、本当にありがとうございました。
この経験を活かして次のステップを踏み出したいと思います。
そして受験を控える皆さん、どんなに小さくても目標を持って頑張ってください!